[105]
神が、聖書の作者です。「聖書に含まれ、かつ、示されている神の啓示は、聖霊の霊感によって書かれたものです」。
「尊き母なる教会は、旧約および新約の全部の書をそのすべての部分を含めて、使徒的信仰に基づき、聖なるもの、正典であるとしています。なぜならそれらの書は、聖霊の霊感によって書かれ、神を作者とし、またそのようなものとして、教会に伝えられているからです」『神の啓示に関する教義憲章』,第11項。。
[106]
神は、人間である聖書記者に霊感を授けました。「神は、聖書の著作にあたって、固有の能力と素質を持った人間を選んで、これをお使いになりました。それは神が彼らの内に、また彼らによって働く間に、彼らが、神が望むことをすべて、そしてそれだけを、真の作者として書くためです」『神の啓示に関する教義憲章』,第11項。。
[107]
霊感によって書かれた書は、真理を教えます。「それゆえ、霊感を受けた作者、つまり、聖書作者が断言していることは、聖霊から断言されたこととすべきであり、したがって、聖書は、神がわたしたちの救いのために書かれることを望んだ真理を堅く、忠実に、誤りなく教えるものであるといわなければなりません」『神の啓示に関する教義憲章』,第11項。。
[108]
とはいえ、キリスト教信仰は「書物の宗教」ではありません。キリスト教は神の「ことば」の宗教であって、そのことばは、「記されているだけの無言のことばではなく、受肉して生きているみことばです」聖ベルナルドゥス『「遣わされた」についての説教』 (S. Bernardus Claraevallensis, Homilia super "Missus est 4, 11: Opera, ed. J. Leclercq-H. Rochais, v. 4, [Romae 1966] 57)。。聖書が死んだ文字となることのないように、生ける神の永遠のことばであるキリストが、「聖書を悟らせるために」聖霊によってわたしたちの「心の目を開いて」ルカ24・45参照。くださることが不可欠です。