[1115]
ナザレでの生活や宣教活動の間のイエスのことばと行いは、それ自体救いをもたらすもので、イエスの過越の神秘の力を先取りしていました。これらは、すべてが成し遂げられた後、キリストが教会に与えられるものを予告し、準備していたのです。キリストの生涯の諸神秘は、後にご自分の教会の役務者を通して諸秘跡の中でキリストが分け与えられるものの基本となっています。事実、「わたしたちの救い主の言行として書き記されていることは、諸秘跡の働きへと移し変えられたのです」聖レオ1世『説教』 (S. Leo Magnus, Sermo 74, 2: CCL 138A, 457 [PL 54, 398])。。
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諸秘跡は新しい永遠の契約における「神の傑作」であって、それはつねに生き続け生かし続けるキリストのからだから「出る力」ルカ5・17,6・19,8・46参照。、キリストのからだである教会の中における聖霊の働きなのです。