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したがって、典礼はさまざまな民族の特性や文化に対応すべきものです『典礼憲章』,第37項-第40項参照。。キリストの神秘が「信仰による従順に導〔き〕、すべての異邦人に」(ローマ16∙26)知られるようになるため、その神秘はあらゆる文化の中で告げ知らされ、祝われ、具現されなければなりません。それはこれらの文化が破壊されずに、キリストによって新しいいのちを与えられ、完成されるようになるためですヨハネ・パウロ2世『要理教育に関する使徒的勧告』53(Catechesi tradendae: AAS 71 [1979] 1319-1321)参照。。まさに、キリストによって担われ変容された諸民族の固有な文化とともに、またその文化を通してこそ、神の多くの子らは御父に近づき、ただ一つの霊に結ばれて御父をたたえることができるのです。
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「典礼、とくに秘跡の典礼には、不変の部分があります。神によって制定されたものとして、教会はこれを守り続けます。しかしまた同時に変えることのできる部分もあって、教会にはこれを新しく福音を受け入れた諸民族の文化に適応させる権限、時にはその義務があるのです」ヨハネ・パウロ2世使徒的書簡『ヴィチェシムス・クイントウス・アンヌス』16 (Vicesimus quintus annus : AAS 81 [1989] 912-913)。 『典礼憲章』,第21項参照。。
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「典礼の多様性は豊かさの源泉でもありえますが、同時に、相互間の緊張、無理解、さらには分裂さえも引き起こしえるものです。典礼の多様性は、当然一致を害するものであってはなりません。その多様性は、共通の信仰、教会がキリストから受けた諸秘跡のしるし、そして位階制度のもとでの交わりに対する忠実さを守ってのみ表されるべきものです。諸文化への順応のためには回心が求められますが、また同時に、必要であれば、カトリック信仰と相いれない先祖伝来の慣習を捨てることも要求されます」ヨハネ・パウロ2世『ヴィチェシムス・クイントウス・アンヌス』16(loc. cit.,913)。。