[1247]
教会の初めのころ、福音が告げられて間もない地方では成人に洗礼を授けるのが普通でした。その場合、求道期(洗礼準備)が重要な位置を占めていました。これは信仰とキリスト教的生活への手ほどきの時期で、この期間中に、洗礼と堅信と聖体によって与えられる神のたまものを受けるための準備をすることになっていました。
[1248]
求道期、すなわち、求道者の教育の目的は、その期間にある人々が神の招きにこたえ、教会共同体と一致して、回心と信仰を深めることができるようにすることです。それは「キリスト教的生活全体」の教育の期間であり、それによって「弟子たちは師であるキリストと結び合わせられるのです。それゆえ、求道者は救いの神秘を十分に伝授され、福音に則した生活と、時間をおいて継続的に行われる聖なる儀式とによって、神の民の信仰と典礼と愛の生活に導き入れられなければなりません」40。
[1249]
求道者は「すでに教会と結ばれており、すでにキリストの家のものであり、すでに信仰・希望・愛の生活を営んでいることもまれではないのです」41。「母なる教会は彼らをすでに自分のものとして愛と配慮をもって包むのです」42。