[1264]
しかし受洗者には、苦しみや病気や死、あるいは性格の弱さなどといった人生にはつきものの種々のもろさなど、罪に由来する一時的な結果は残ります。さらに、聖伝が、情欲あるいは比喩的に罪の導火線と呼んできた、罪への傾きなどもそうです。「罪への傾きは、わたしたちがそれと戦って訓練されるために残されましたが、それに同意せず、キリストの恵みによって勇敢に抵抗する人々を害することはできません。そのうえ、『規則に従って競技をするならば、栄冠を受けることができるでしょう』(二テモテ2∙5 参照)」62。