[1272]
洗礼によってキリストに合体した受洗者は、キリストに似た者とされます80。洗礼はキリスト者のうちに、当人がキリストのものとなったことを示す消えない霊印(character)をしるします。たとえ罪によって洗礼が救いの実を結ばないようなことがあっても、この霊印はいかなる罪によっても消されることはありません81。ですから、洗礼は一回限りのもので、繰り返すことはできないのです。
[1273]
洗礼によって教会の一員となった信者は秘跡的霊印を受け、キリスト者として神を礼拝する務めをゆだねられます82。洗礼による霊印によってキリスト者は、教会の聖なる典礼に積極的にあずかりながら神に仕え、聖なる生活と実践を伴う愛のあかしとによって洗礼による祭司職を果たすことができる者とされ、またそうする義務を負わされているのです83。
[1274]
「主の霊印」84は、「あがないの日に対して」(エフェソ4∙30)聖霊がわたしたちにしるされた霊印です85。「洗礼は永遠のいのちの霊印です」86。最後まで「霊印を保った」信者、すなわち洗礼によって生じる義務を忠実に果たした信者は、洗礼を受けたときの信仰をもって、信仰の完成である神の至福直観を待望し、復活を希望しながら、「信仰をもって(信仰のしるしを刻まれた状態で)」87、死ぬことができるのです。