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洗礼によって教会の一員となった信者は秘跡的霊印を受け、キリスト者として神を礼拝する務めをゆだねられます『教会憲章』,第11項参照。。洗礼による霊印によってキリスト者は、教会の聖なる典礼に積極的にあずかりながら神に仕え、聖なる生活と実践を伴う愛のあかしとによって洗礼による祭司職を果たすことができる者とされ、またそうする義務を負わされているのです『教会憲章』,第10項参照。。
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「主の霊印」聖アウグスティヌス『書簡』 (S. Augustinus, Eptstula 98, 5: CSEL 34, 527 [PL 33, 362])参照。は、「あがないの日に対して」(エフェソ4∙30)聖霊がわたしたちにしるされた霊印ですエフェソ1・13-14、2コリント1・21-22参照。。「洗礼は永遠のいのちの霊印です」聖エイレナイオス『使徒たちの使信の説明』 (S. Irenaeus Lugdunensis, Demonstratio praedicatioms apostolicae, 3 : SC 62, 32)。。最後まで「霊印を保った」信者、すなわち洗礼によって生じる義務を忠実に果たした信者は、洗礼を受けたときの信仰をもって、信仰の完成である神の至福直観を待望し、復活を希望しながら、「信仰をもって(信仰のしるしを刻まれた状態で)」『ローマ・ミサ典礼書』第1奉献文(ローマ典文)。、死ぬことができるのです。