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エウカリスチア(感謝の祭儀)は「キリスト教生活全体の泉であり頂点」です 『教会憲章』,第11項参照。。「諸秘跡も、また同様にすべての教会的役務も使徒職の仕事も、すべては聖体祭儀と結ばれ、これに秩序づけられています。事実、もっとも尊い聖体祭儀の中に教会の霊的富のすべて、すなわち、わたしたちの過越であり生けるパンであるキリストご自身が含まれています」第2バチカン公会議『司祭の役務と生活に関する教令』,第5項(Presbyterorum ordinis)。。
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「神の生命への交わり(コムニオ)と神の民の一致とによって教会が存在するのであって、聖体祭儀はこの交わりと一致を適切に表現し、みごとに実現させます。聖体祭儀は、キリストにおいて世を聖とされる神の働きの頂点であり、さらに、人々がキリストにささげ、またキリストにより聖霊において御父にささげる礼拝祭儀の頂点です」礼部聖省『聖体祭儀指針』6(Eucharisticum mysterium : AAS 59 [1967] 545)。。
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また、聖体祭儀によって、わたしたちはすでに天上の典礼に一致し、「神がすべてにおいてすべて」(一コリント15∙28)となられるときに先だって、永遠のいのちに前もってあずかっています。
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要するに、エウカリスチアはわたしたちの信仰の要約であり、頂点なのです。「わたしたちの考え方はエウカリスチアに共鳴し、エウカリスチアはわたしたちの考え方を強固なものにします」聖エイレナイオス『異端反駁』 (S. Irenaeus Lugdunensis, Adversus haereses 4, 18, 5: SC 100, 610 [PG 7, 1028])。。