[154]
信じることが可能なのは、ただ、神の恵みと聖霊の内的な助けによります。そうではあっても、信じることはまさに人間的な行為なのです。神に信頼し、神から啓示された真理に同意することは、人間の自由にも知性にも反することではありません。そもそも、人間関係の場合(たとえば男と女が結婚するようなとき)でも、相手が話してくれるその人自身のことやその考えなどを信じ、その約束に信頼してその人との関係を結ぶことは、人間の尊厳に背くことではありません。そうであればなおさらのこと、「ご自分を啓示される神に信仰によって知性と意志を全面的に服従させ」第1バチカン公会議教義憲章『デイ・フィリウス』第3章(Dei Filius: DS3008) 。、神との親しい交わりに入ることで、わたしたちの尊厳が傷つけられることはないのです。
[155]
信仰においては、人間の知性と意志は神の恵みに協力します。「信じるとは、恵みによって神に動かされた意志の命じるままに、神の真理に同意する知性の行為です」聖トマス・アクイナス『神学大全』 (S. Thomas Aquinas, Summa theologiae 2 -2, q. 2, a. 9, c:Ed. Leon. 8,37)。 『デイ・フィリウス』第3章(DS3010)参照。。