[1681]
死のキリスト教的意義は、わたしたちの唯一の希望の源であるキリストの死と復活という、過越の神秘に照らして明らかにされます。キリスト・イエスに結ばれて死ぬキリスト者は、からだを離れて主のもとへ向かう存在となるのです15。
[1682]
キリスト者は死の日に秘跡的生活の終点に達しますが、そのとき、洗礼によって始められた新しい誕生が完成され、聖霊の働きによって形づくられた「御子の似姿」が完全に実現され、エウカリスチアにおいて前もってあずからせていただいていた神の国のうたげに実際に参加させていただきます。しかし、婚礼の衣装をまとうためには死後の清めが必要な場合があります。
[1683]
教会は、この世の旅路をたどるキリスト者に秘跡を授けて、母として彼らを腕に抱いていましたが、旅路の終わりには当人に付き添い、「御父のみ手に」ゆだねます。キリストにおいてその恵みの子を御父にささげ、栄光のうちに復活するであろうからだの種子を希望のうちに埋葬します16。この奉献はエウカリスチアのいけにえによって完全な形で行われます。その前後に行われる祝福が、準秘跡です。