[1743]
「〔神は人間に、〕自分で判断する力をお与えになった」(シラ15∙14)。それは人間が自由にその創造主に帰依し、至福に到達することができるようになるためです40。
[1744]
自由とは、行うか行わないかを熟考した上で行動する能力です。自由はその行為が最高善である神に方向づけられるとき、完全なものとなります。
[1745]
自由は本来の意味での人間行為を特徴づけ、当事者が自由意志をもって行う行為に責任を持たせます。熟考の上で行った行為は、当事者自身のものとなります。
[1746]
行為の責任性は、無知、暴力、恐れ、またその他の心理的ないし社会的要因によって減じられることがありえますし、まったく無くなることさえありえます。
[1747]
自由を行使する権利、とくに倫理的・宗教的ことがらに関する権利は、人格の尊厳と切り離すことのできない要求です。とはいえ、自由とは、いいたいことをいい、したいことをするという権利を意味するのではありません。
[1748]
「この自由を得させるために、キリストはわたしたちを自由の身にしてくださったのです」(ガラテヤ5∙1)。