カトリック教会のカテキズム
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注
結果
1755-1756
[1755]
倫理的によい
行いであるためには、その対象、目的、および状況もよいものでなければなりません。悪い目的は、対象がそれ自体としてはよい場合でも行為を悪いものにします(たとえば、人から見られるために祈ったり断食したりすること)。
選択の対象となるもの
の中には、それ自体で行為全体を悪いものにするものもあります。それを選択することはどんな場合でも誤りであるという具体的な行為があります。たとえば、私通がこれにあたります。なぜなら、これらの選択には意志のゆがみ、すなわち倫理的悪を伴うからです。
[1756]
したがって、人間的行為の倫理性を、それを行わせる意向、あるいはそうさせる状況(環境、社会的圧力、恐れ、あるいは行為の必要性)だけを考えて判断することは間違っています。状況や意向とはかかわりなく、その対象のためにそれ自体としてつねに重大な罪となる行為があります。冒瀆、偽証、殺人、姦通などがそうです。よい結果を得させるために悪を行うことはゆるされません。