結果 1854-1864
「それ自体が人間が目指す究極目的である愛徳と相反することがらに意志が向かうときには、その対象ゆえに大罪に値することになります。……神への愛に背く冒瀆や偽証に類するもの、あるいは隣人愛に背く殺人や姦淫などがそうです。……しかし、罪を犯す人の意志が、それ自体は過ちであるけれども神への愛や隣人愛には相反しないことがら(たとえばむだ口やばか笑いなどのようなもの)に向かうときには、小罪となります」聖トマス・アクイナス『神学大全』 (Summa theologiae, 1-2, q. 88, a. 2, c: Ed. Leon. 7, 135)。。
「人間は現世に生きる限り、あらゆる罪、少なくとも小罪を避けることはできません。しかし、小罪といわれるこの罪を無害のものとみなしてはなりません。その重さを量って無害とみなしたとしても、数を数えて、おののきなさい。ちりも積もれば山となり、一滴の水が集まって大海となり、粒も集まれば小山となります。それでは、わたしたちの希望はどこにあるのでしょう。何よりもまず、罪を告白することです……」聖アウグスティヌス『ヨハネの第lの手紙講話』 (In epistulam Iohannis ad Parthos tractatus 1, 6 : PL 35, 1982)。。