カトリック教会のカテキズム
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結果
1905-1912
[1905]
人間の社会的本性ゆえに、個々人の善は必然的に共通善と結ばれています。他方、共通善は個人を考慮することなしには決定されません。
「まるですでに救われてしまった者であるかのように、自分の中に引きこもって、独りで生きるべきではありません。集まって、すべての人に益となるものを求めなさい」
26
。
[1906]
共通善とは「集団とその構成員とが、より完全に、いっそう容易に自己の完成に達することができるような社会生活の諸条件の総体」
27
である、と理解すべきです。共通善はあらゆる人の生活にかかわります。一人ひとりの側にはもとより、権威を行使する人々の側にはいっそうの賢明さが必要です。共通善には
三つの本質的要素
があります。
[1907]
第一に、
個人を
その人であるがゆえに
尊重すること
です。共通善を実現するために、公権は個人が持っている基本的で奪いえない人権を尊重しなければなりません。社会は、その構成員の一人ひとりがそれぞれの召命を実現できるようにしなければなりません。共通善はすべて、人間の召命の実現に欠くことのできない本来の自由、たとえば「正しい良心に従って行動する権利、プライバシーを守る権利、宗教の分野をも含めて正当な自由を享有する」
28
権利を行使する諸条件を整えることを要求します。
[1908]
第二に、共通善は集団の
社会的安寧
と
発展
とを求めます。すべての社会的任務を要約すれば、発展ということばで表現することができます。いうまでもなく、異なる個々の利害を共通善に応じて判定するのは権限者の務めです。しかし、権威者は、それぞれの人が真に人間らしい生活を送るために必要なもの、たとえば食料、衣服、健康、仕事、教育や教養、適正な報道、家庭を作る権利などを手に入れやすくなるように図らなければなりません
29
。
[1909]
第三に、共通善には
平和
、すなわち、正しい秩序の持続や保全という内容が含まれています。したがって、権威者は適正な手段を用いて、社会とその構成員との安全を図らなければなりません。共通善こそが、個人および集団の合法的防衛権の土台になるものなのです。
[1910]
各共同体にはそれぞれに認められた共通善がありますが、共通善を完全に実現するのは
政治共同体
です。市民社会やその住民、および中間団体の共通善を擁護し、促進させるのは国家の務めです。
[1911]
人間の相互依存は強まり、しだいに世界全体へと広がっています。本来平等の尊厳を持つ人々が一つの人類家族を形づくっているのですから、
普遍的共通善
を認めなければなりません。この普遍的共通善を実現するためには、国際的組織を作り、「人々の種々の必要を満たすようにしなければなりません。この必要とは、社会生活の領域においては食料、健康、教育……であり、ある所に起こりうる特殊な情況においては……全世界に離散した難民の救済、移住者とその家族に対する援助など……です」
30
。
[1912]
共通善とは、つねに個人の向上を目指すものです。「事物の秩序は人間の秩序に従属すべきであって、その反対であってはなりません」
31
。人間の秩序は真理を土台として、正義の上に建てられ、愛によって生かされるのです。