[1913]
参与とは、個人が、進んで社会的交流にかかわることです。すべての人が、置かれている地位や担う役割に応じて共通善の促進に参与する必要があります。この任務は人間の尊厳に由来するものです。
[1914]
参与はまず第一に、個人的な責任がある分野を引き受けることによって行われます。つまり、自分の家族の教育を配慮し、自分の仕事を良心的に果たして、他の人々や社会の善に寄与するのです32。
[1915]
国民はできるだけ公共生活における積極的な役割の一端を担うべきです。参与のあり方はそれぞれの国や文化によって異なるはずです。「できるだけ多くの国民が真の自由をもって公のことに参加できるようはからう国家の施策は称賛すべきです」33。
[1916]
共通善のための活動に参与する際には、あらゆる倫理的な任務の場合と同じように、社会的協働者たちの絶え間ない新たな回心が必要です。ある人々が法や社会的義務から逃れるために用いる不正行為やその他のごまかしは正義の要求に反するので、断固非難されるべきです。そして、人々の生活条件を改善する制度が促進されるよう配慮すべきです34。
[1917]
権威者たちは集団に属する人々から信頼されるように努力し、人々が互いに奉仕し合うような雰囲気を作らなければなりません。参与は教育や生活習慣から始まります。「人類の未来は、生きる理由、希望を持つ理由を明日の世代に提供することができる人々の手中にあると当然考えることができます」35。