[2156]
洗礼の秘跡は「父と子と聖霊の名によって」(マタイ28∙19)授けられます。主のみ名は洗礼において人間を聖化し、キリスト者は教会で洗礼名を授かります。洗礼名として、ある聖人の名前、つまり、キリストに倣って忠実な生活を送った弟子の名前をいただくことができます。保護の聖人は愛の模範を示し、執り成しをしてくれます。「洗礼名」として、あるキリストの神秘、あるいはあるキリスト教的徳を表すものをつけることもできます。「両親、代親および主任司祭は、キリスト教的センスになじまない名前が与えられることのないよう配慮しなければなりません」78。
[2157]
キリスト者は自分の一日、および祈りや行いを始めるにあたって、十字架のしるしをし、「父と子と聖霊のみ名によって。アーメン」と唱えます。受洗者は一日を神の栄光のためにささげ、御父の子供として聖霊の助けを受けながら行動させてくれるキリストの恵みを願います。十字架のしるしは、誘惑や困難に遭うときにわたしたちを強めてくれます。
[2158]
神は一人ひとりを名指しでお呼びになります79。あらゆる人間の名前は聖なるものです。名前は人格の聖画像です。その名を持つ人の尊厳のしるしとして尊敬されるべきものです。
[2159]
授かった名前は永遠性を示す名前です。天の国では、神のみ名を記されたそれぞれの人格の、神秘的で独自の性格がいささかの影もなく輝き出ることでしょう。「勝利を得る者には……白い小石を与えよう。その小石には、これを受ける者のほかにはだれにも分からぬ新しい名が記されている」(黙示録2∙17)。「わたしが見ていると、見よ、小羊がシオンの山に立っており、小羊とともに十四万四千人の者たちがいて、その額には小羊の名と、小羊の父の名とが記されていた」(黙示録14∙1)。