[2338]
貞潔な人は、内にあるいのちや愛の力の高潔さを維持します。この高潔さは人格の統一を保証し、これを傷つけるあらゆることに対抗します。二重生活も表裏あることばも許容しません89。
[2339]
貞潔には、人間の自由を育てる自制の習得が伴います。人間が自分の情欲を抑制して平和を得るか、それとも情欲の奴隷となって不幸になるか、という二つの選択肢のどちらを選べばよいかということは明白です90。「人間の尊厳は、人間が自覚のある自由な選択に基づいて行動することを要求します。すなわち内面的な確信に基づく行動であって、盲目的本能や外からの強制によるものであってはなりません。このような尊厳は、人間が情欲のあらゆるとりこの状態から自らを解放し、善を自由に選択することによって自分の目的を追求し、効果的に巧みに適切な手段を選ぶことの中に見いだされるのです」91。
[2340]
洗礼の約束を忠実に守り、誘惑に抵抗したいと思う人は、そのための手段を講じるように心掛けなければなりません。その手段とは、自分を知ること、そのときの状況に応じた禁欲を実行すること、神のおきてへの服従、倫理徳の実行、祈りを熱心にすることなどです。「自制することによってわたしたちは結び合わされます。散り散りになっていたわたしたちが、また一つに結び合わされるのです」92。
[2341]
貞潔の徳は、人間の情欲や感覚欲に抑制を効かせる節制の枢要徳に属します。
[2342]
自制というものは根気が要るわざです。完全にこれを身に着けたなどと、決して思ってはなりません。生涯のあらゆる時期に繰り返し繰り返し努力しなければなりません93。人格が形成される青少年期のような特定の時期には、とくに大きな努力が必要となります。
[2343]
貞潔には成長の法則というものがあります。それは、不完全さや、多くの場合は罪を伴う段階を経るものです。貞潔で修徳に励む人は、「数多くの自由な決断を通じて日々自己を築いていくようなものです。ですから人間は成長するにつれて道徳的善を知り、愛し、それを実現するのです」94。
[2344]
貞潔はきわめて個人的な努力によるものですが、文化的な努力も必要になります。「人間(ペルソナ)の進歩と社会の発展とが相互に依存している」95からです。貞潔を育てるためには、人権の尊重、とくに人間のいのちの倫理的・精神的面を重視する情報や教育などを受ける権利の尊重が必要です。
[2345]
貞潔は倫理徳の一つです。それはまた、神のたまもの、恵み、霊の結ぶ実でもあります96。聖霊は、洗礼の水によって再生された者に、キリストの純潔を模倣することを可能にしてくださいます97。