結果 2514-2533
「使徒パウロは、霊的な魂と一緒に人間本性と人間の主体的なペルソナとしての特徴を形成している肉体を差別しているのでも、断罪しているのでもありません。むしろ逆に、パウロは、倫理的なわざのよしあしについて、あるいはむしろ恒久的な習性⸺善徳と悪徳⸺について論じているのです。これらのわざは、聖霊の救いをもたらす行いに関する限り、従順の実(前者の場合)か、あるいは反抗の実(後者の場合)なのです。それゆえ、パウロは書いています。『わたしたちは、霊の導きに従って生きているなら、霊の導きに従ってまた前進しましょう』(ガラテヤ5∙25)と」258。
「単純さと純粋さを保ち続けなさい。そうすれば、生を破壊させる悪弊を知らない幼子のようになるでしょう」259。
信者は、「信じながら神に従い、従いながら正しく生き、正しく生きながら心を清め、心を清めながら信じていることを理解するために」263、信条の各箇条を信じなければならないのです。
「わたしは、自力で禁欲ができるものと考えていました。それは、自分を知らなかったからでした。あなたが恵みをお与えにならなければだれも禁欲を守ることはできない、ということを知らないほど愚かでした。もしもわたしが心底からのうめき声をあげてあなたの御耳に訴え、わたしをお守りくださるようにと固い信仰をもってあなたにお願いしていたならば、あなたはきっと、禁欲のお恵みをお与えになっていたことでしょう」266。