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祝福とは、キリスト教の祈りの根底の動きを表すもので、神と人間とが出会うことです。祝福の祈りの中で、神の恵みとそれを受ける者の喜びとが呼応して一つになります。祝福の祈りは神の恵みに対する人間の応答です。神が祝福してくださるので、それに答えて、人間の心はすべての祝福の源であるかたを祝福することができるのです。
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次の二つの基本的な形がこの動きを表しています。一つは、聖霊に導かれキリストを通して御父に向かって上る祝福(わたしたちを祝福してくださる神をわたしたちが祝福します)でありエフェソ1・3-14、2コリント1・3-7、1ペトロ1・3-9参照。、もう一つは、キリストを通して御父のもとからくだる聖霊の恵みを懇願すること(神がわたしたちを祝福してくださいます)です2コリント13・13、ローマ15・5-6,13、エフェソ6・23-24参照。。
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礼拝とは、創造主の前で自分をその被造物であると認める人間が示す根本的な態度です。わたしたちを造ってくださった主の偉大さと詩編95・1-6参照。、悪から解放してくださった救い主の全能とを賛美します。礼拝とは、「栄光に輝く王」詩編24・9-10参照。の前にぬかずき、「この上なく偉大な」聖アウグスティヌス『詩編講解』 (Enarratio in Psalmum 62, 16 : CCL 39, 804 [PL 36, 758])。神の前でうやうやしく沈黙することです。至聖なる神、この上なくいつくしみ深い神への礼拝はわたしたちを謙虚にさせ、わたしたちの願いが確かに聞き入れられるという保証を与えてくれます。