カトリック教会のカテキズム
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結果
2659-2660
[2659]
わたしたちは、キリストのことばを聞いたり過越の神秘にあずかったりするときには祈るようにと教えられています。しかしキリストの霊は、
日々の
出来事の中でいつも、祈りをわきたたせてくださいます。祈りについてのイエスの教えは、摂理についての教えと同じ路線のものです
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。時をつかさどるのは御父です。したがって、わたしたちが御父にお会いするのは今であって、昨日でも明日でもなく、今日なのです。「今日こそ、主の声に聞き従わなければならない。……心をかたくなにしてはならない」(詩編95∙7-8)。
[2660]
イエスが「幼子のような者」、キリストのしもべ、心の貧しい人々に明かされた神の国の秘密の中には、毎日、毎時の出来事の中で祈るということも含まれています。正義と平和の国の到来が歴史の進行に影響を与えてくれるように祈るのは正しくよいことですが、目立たぬ日常的状況の中に埋もれているものを麦をこねるように祈りによってこね上げるのも大事なことです。どんな形の祈りでも、キリストが神の国にたとえられたパン種となりうるのです
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