結果 27-30
「人間の尊厳のもっとも崇高な面は、人間が神と交わるように召命を受けているということです。人間はすでにその存在の初めから、神との対話に招かれています。事実、人間が存在するのは愛によって神に造られ、愛によって神からつねに支えられているからであって、神の愛を自由をもって認めて創造主に身を託するのでなければ、人間は真理に基づいて充実して生きていることにはなりません」1。
「神は、一人の人からすべての民族を造り出して、地上の至るところに住まわせ、季節を決め、彼らの居住地の境界をお決めになりました。これは、人に神を求めさせるためであり、また、彼らが探し求めさえすれば、神を見いだすことができるようにということなのです。実際、神はわたしたち一人ひとりから遠く離れてはおられません。〔まことに、わたしたちは〕神の中に生き、動き、存在〔しているの〕です」(使徒言行録17∙26-28)。
「偉大なるかな、主よ、まことにほむべきかな。あなたの力は大きく、その知恵ははかりしれない。しかも人間は、小さいながらもあなたの被造物の一部として、あなたをたたえようとします。それは、自分の死すべき運命を身に負い、自分の罪のしるしと、あなたが高ぶる者を退けられることのしるしを身に負ってさまよう人間です。それにもかかわらず、人間は小さいながらも被造物の一つの分として、あなたをたたえようとするのです。喜んでたたえずにはいられない気持ちにかきたてる者、それはあなたです。あなたはわたしたちを、ご自分に向けてお造りになりました。ですから、わたしたちの心は、あなたのうちに憩うまで安らぎを得ることができないのです」7。