[2738]
救いの営みを通して示された祈りについての教えによると、信仰は歴史の中で行われる神のわざによって支えられ、子供としての信頼は、御子の受難と復活という神の比類のないわざによって呼び起こされます。キリスト教的な祈りとは、摂理、すなわち人々に対する神の愛の計画に協力することなのです。
[2739]
聖パウロによれば、この信頼とは大胆なものでありローマ10・12-13参照。、わたしたちのうちにおいでになる聖霊の祈りと、御ひとり子をお与えくださった御父の不変の愛とに基づくものなのですローマ8・26-39参照。。祈っている者の心が変えられていくということこそ、わたしたちの願いに対する神からの最初の応答なのです。
[2740]
イエスの祈りによって、キリスト教的な祈りは効果ある願いにしていただけます。イエスは祈りの模範であり、わたしたちのうちでわたしたちとともに祈ってくださいます。御子の心は、御父を喜ばせることしか望まれません。そうであれば、神の子とされたわたしたちの心が、与えてくださるかたよりも与えられるもののほうに執着するなどということはありえません。
[2741]
イエスはまた、わたしたちに代わって、わたしたちのために祈ってくださいます。わたしたちのあらゆる願いはただ一度のイエスの十字架上の叫びの中で完全に集約され、その復活の際に御父に聞き入れられました。ですから、イエスは御父のもとでわたしたちのためにたえず執り成しておられるのですヘブライ5・7,7・25,9・24参照。。もし、わたしたちの祈りが子供としての信頼と大胆さとをもってイエスの祈りとしっかりと結びついているならば、イエスのみ名によって願うことは、すべてかなえていただけるのです。すなわち、あれとかこれとかいうものではなく、あらゆるたまものにあふれておられる聖霊ご自身をいただくのです。