[337]
豊かで、多様な、秩序ある見える世界を造られたのは、神ご自身です。聖書は創造主のわざを、七日目の「安息」で完成される六日間の神の「仕事」として象徴的に述べています創世記1・1-2,4参照。。創造に関しては、聖書は神がわたしたちの救いのために啓示された教えを述べていますが 『神の啓示に関する教義憲章』,第11項参照。、その教えにより、わたしたちは「すべての被造物の深遠な本性・価値・神の賛美への方向づけを認め」第2バチカン公会議『教会憲章』,第36項(Lumen gentium)。ることができるのです。
[338]
自分の存在を創造主である神に負わないものは、何一つ存在しません。世界は、神のことばによって無から造られたときに始まりました。ありとあらゆるもの、自然界のすべて、人間の全歴史はこの原初の出来事に基づいています。それが、世界と時間の始まりです聖アウグスティヌス『マニ教徒に対する創世記論』 (S. Augustinus, De Genesi contra Manichaeos, 1, 2, 4 : PL 36, 175)参照。。
[339]
それぞれの被造物は固有の善と完全さを備えています。「六日」のわざのおのおのについて「神はこれを見て、よしとされた」と述べられています。「万物は、造られたものであるという条件そのものによって、それぞれの安定、真理、善、固有の法則、秩序を賦与されています」『現代世界憲章』,第36項。。神は一つ一つが独自の存在であることを望まれました。したがって、異なる被造物は、それぞれのしかたで、神の無限の英知と善の一面を反映しています。そのため、人間は各被造物に固有の善を尊重して、事物の濫用を避けなければならないのです。濫用は創造主を軽んじ、人間とその環境に害をもたらします。
[340]
神は被造物間の相互依存をお定めになりました。太陽と月、ヒマラヤスギと小さな草花、わしとすずめなどのような数え切れない相違点を持つものが存在するということは、いかなる被造物も自らだけでは存続していけないということを教えてくれます。これらは相互に依存して相補い、互いの役に立っています。
[341]
宇宙の美。造られた世界の秩序と調和は、存在するさまざまなものの多様性と相互関係によって生じたものです。人間はこれらの関係を、自然の法則として徐々に発見していきます。これらは科学者たちの驚嘆の念を駆り立てます。被造界の美は創造主の無限の美を反映しますが、人間の知性と意志に畏敬と服従の念を抱かせずにはおきません。
[342]
被造物間の順位は、不完全なものからより完全なものへと進む「六日」にわたる創造のわざの順序によって表されています。神はすべての被造物を愛し詩編145・9参照。、おのおのに、すずめにさえ心を配られます。イエスのことばによれば、「あなたがた〔人間〕は、たくさんのすずめよりもはるかにまさって」(ルカ12∙7)おり、「人間は羊よりもはるかに大切なもの」(マタイ12∙12)なのです。
[343]
人間は創造のわざの頂点です。霊感によって書かれた創世記の物語はこれを表すため、人間の創造を他の被造物のそれと明確に区別しています創世記1・26参照。。
[344]
あらゆる被造物は同じ創造主を持ち、その栄光に向けられているので、
相互の間には連帯があります。
「主よ、すべての被造物の中で、あなたはたたえられますように、
とくに兄弟である太陽によって。
あなたはその太陽によって、わたしたちに昼は光をお与えになります。
太陽はその大いなる輝きから光を投げかけて美しく
いと高きあなたの象徴をわたしたちに贈ります。……
わたしの主よ、姉妹である水のゆえに、あなたはたたえられますように。
水は大いに役立ち、まことに謙虚で
貴重で、清らかです。……
わたしの主よ、姉妹である母なる大地のゆえに、あなたはたたえられますように。
大地はわたしたちを抱き、養い
色とりどりの花々と草々を生み出し
さまざまな果実を実らせます。……
わたしの主をほめたたえよ。
深くへりくだって
主に感謝し、仕えよ」アシジの聖フランシスコ『兄弟なる太陽の歌』 (S. Franciscus Assisiensis, Canticum Fratris Solis : (Opuscula sancti Patris Francisci Assisiensis, ed. C. Esser [Grottaferrata 1978] 84-86)。。
[345]
「六日」にわたるわざの終わりである安息日。聖書によれば、「第七の日に、神はご自分の仕事を完成されました」。こうして「天地万物は完成され」、神は第七の日に「仕事を離れて」、その日を祝福し、聖別なさいました(創世記2∙1-3)。霊感によるこれらのことばは有益な教えに富んでいます。
[346]
創造の際、神は安定した土台と法則を設けられましたヘブライ4・3-4参照。。これらは、信仰者が信頼をもって寄り頼むことのできるもの、また神の契約の揺るがない忠実さのしるし、保証となりますエレミヤ31・35-37,33・19-26参照。。他方、人間はこの土台に忠実にとどまり、創造主がこれに刻まれた法則を尊重しなければなりません。
[347]
被造物は安息日のため、したがって、神の崇敬と礼拝のために造られました。被造物の秩序には神への礼拝が刻み込まれています創世記1・14参照。。「何ものも神の礼拝に優先させてはならない」聖ベネディクト『会則』 (S. Benedictus, Regula, 43, 3: CSEL 75, 106 [PL 66, 675])。と聖ベネディクトの修道会則は述べ、人間の関心事の正しい順序を示しています。
[348]
安息日はイスラエルの律法の中核をなすものです。おきてを守るとは、創造のわざのうちに表された神の英知とみ旨に従うことにほかなりません。
[349]
八日目。しかし、わたしたちにとっては新しい一日が加わりました。キリストの復活の日です。七日目で第一の創造が完了します。そして八日目に、新しい創造が開始されるのです。創造のわざは偉大なあがないのわざによってその頂点に達しますが、第一の創造はその意味と頂点をキリストによる新しい創造のうちに見いだします。この新しい創造のすばらしさは、第一の創造をはるかに超えるものです『ローマ・ミサ典礼書』復活徹夜祭の第1朗読後の祈願参照。。