カトリック教会のカテキズム
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結果
386-387
[386]
罪は人間の歴史に現れています。それを無視し、この暗い現実に他の名を与えようとするのはむだなことです。罪とは何かを理解するためには、まず、
人間が神に結ばれている深いきずな
を認める必要があります。この関係を抜きにしては、人間の生活と歴史につねに重くのしかかっている罪の悪の正体が暴かれることはありません。なぜなら、罪とは、神を拒絶し、神に反対することにほかならないからです。
[387]
罪の現実、わけても原罪の現実は、神の啓示に照らしてしか明らかにされません。啓示が神についてわたしたちに与える知識なしには、罪を明確に認めることはできず、罪を単なる未成熟さ、心理的弱さ、間違い、不適切な社会構造の必然的結果などとみなしがちです。神は、人間がご自分を愛し、また人間相互が愛し合うために自由意志をお与えになりました。人間に対する神のこの意図を知って初めて、罪は与えられた自由の濫用であることが理解されてくるのです。