男を知らずに聖霊の力によって「いと高きかたの子」を産むという告知を受けて
144、マリアは神にできないことは何一つないことを確信し、「信仰による従順」
145によって、「わたしは主のはしためです。おことばどおり、この身になりますように」と答えました(ルカ1∙37-38)。こうしてマリアは、神のことばに同意してイエスの母となり、いかなる罪にも妨げられることなく、神の救済のみ旨を心から受託し、神の恩恵によって、子から出て子とともにあるあがないの神秘に仕えるために、子とその働きに完全に自分をささげたのです
146。
「聖イレネオがいっているとおり、マリアは『従順によって、自分と全人類にとって救いの原因となった』147のです。このために少なからざる古代の教父は……、『エバの不従順のもつれがマリアの従順によって解かれ、処女エバが不信仰によって縛ったものを、処女マリアが信仰によって解いた』148と好んで説いています。そしてエバと比較して、マリアを『生ける者の母』と呼び、『エバによって死、マリアによって生命』としばしば述べています」149。