[522]
神の御子が地上に来られたことは重大な出来事でしたので、神は幾世紀にもわたってそれを準備なさいました。「最初の契約」210に見られる祭儀とささげ物、前表と象徴などを、キリストへ向かうように仕向けられました。さらに神は、イスラエルに相次いで起こった預言者たちの口を通して、キリストを告げられました。そのうえ、異邦人の心のうちにもキリストの到来へのおぼろげな期待を抱かせました。
[523]
洗礼者聖ヨハネはキリストの直前の先駆者として211、道を備えるために神によって遣わされた者です212。「いと高き方の預言者」(ルカ1∙76)であるヨハネは、すべての預言者にまさる213、最後の預言者であり214、福音の端緒となり215、母の胎内ですでにキリストの到来を迎え216、「世の罪を取り除く神の小羊」(ヨハネ1∙29)と呼ぶ「花婿」(ヨハネ3∙29)であるイエスの「友」であることを喜んでいます。「エリヤの霊と力で」(ルカ1∙17)イエスに先だち、説教と悔い改めの洗礼、ついには、殉教によってイエスをあかししました217。
[524]
教会は毎年、待降節の典礼を行いながら、メシアへの待望を再現します。キリスト者は救い主の最初の来臨に向かう長期の準備に心を合わせながら、再臨への熱い待望を新たにするのです218。先駆者の誕生と殉教を祝うことで、教会は、「あのかたは栄え、わたしは衰えねばならない」(ヨハネ3∙30)というヨハネの願望を自分のものとします。