[571]
十字架上の死と復活というキリストの過越の神秘は、使徒たちおよび彼らに続く教会が世界に告げ知らせるべき福音の核心を成しています。神の救いの計画は、「ただ一度」(ヘブライ9∙26)の御子イエス・キリストのあがないの死によって実現されました。
[572]
イエスは自ら、ご自分の過越の前にも後にも、「メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか」(ルカ24∙26)と、聖書全体にわたり、ご自分について書かれていることを説明なさいました336。教会はこの教えを忠実に受け継いできています。イエスの受難は、「長老、祭司長、律法学者たちから」排斥され(マルコ8∙31)、彼らが、「人の子を侮辱し、鞭打ち、十字架につけるため」に「異邦人に」引き渡した(マタイ20∙19)ために、歴史的な出来事となりました。
[573]
したがってわたしたちは、福音書が忠実に伝え337、他の歴史資料が明らかにしている、イエスの死の状況を信仰によって解明することを通して、あがないの意味を十分に悟ることができるのです。
[574]
イエスの公生活の当初から、ファリサイ派の人々とヘロデ党の人々とは祭司長、律法学者たちと一緒になって、イエスを殺すことで意見が一致していました338。イエスは、その行動(悪魔払い339、罪のゆるし340、安息日に行われたいやし341、浄・不浄のおきてに関する律法の独自の説明342、徴税人や公の罪びととの親しさ343のために、悪意を持つ人々の目には悪霊に取りつかれているように見えました344。彼らはイエスを、冒瀆する者345、偽りの預言者346、つまり、律法によって石打ちの死刑に当たるとされていた宗教的犯罪347を犯す者として糾弾します。
[575]
したがって、イエスの行為とことばの多くは、エルサレムの宗教指導者、ヨハネ福音書がしばしば「ユダヤ人」348と呼ぶ指導者にとっては、「反対を受けるしるし」349でした。イエスの行為につまずいたのは、イスラエル人の群衆よりもこの指導者たちです350。ただしファリサイ派の人々とイエスとの間には、論争上の対立をするという関係があっただけではありませんでした。現に、あるファリサイ派の人々は、危険が迫っているとイエスに警告しています351。また、イエスは、マルコ12章34節に登場する律法学者など、ファリサイ派のある人たちを称賛し、また何度もファリサイ派の人々の家で食事をしています352。イエスは、神の民の宗教的エリートである彼らの幾つかの教説を認めます。たとえば、死者の復活353、施し、断食、祈りなどのような信心業354、神を父と呼ぶこと、神への愛と隣人愛とをおもなおきてとして認めること355などです。
[576]
多くのイスラエルの人の目には、イエスが選ばれた民の次のような重要な教えに反して行動しているように見えました。
⸺律法のおきてを文字どおりに、ファリサイ派の人々の場合は口伝の解釈に従って、完全に守ること。
⸺エルサレムの神殿は、神が特別に住まわれる聖所として、イスラエルの宗教活動の中心であること。
⸺いかなる人間にもあずかることをゆるさない栄光を持つ、唯一の神を信じること。
[577]
イエスは山上の説教の始めに、第一の契約の際シナイ山上で神から授けられた律法を、新しい契約の恵みに照らして示し、厳粛な警告を与えられました。
「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだと思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである。はっきりいっておく。すべてのことが実現し、天地が消えうせるまで、律法の文字から一点一画も消え去ることはない。だから、これらのもっとも小さなおきてを一つでも破り、そうするようにと人に教える者は、天の国でもっとも小さい者と呼ばれる。しかし、それを守り、またそうするように教える者は、天の国で大いなる者と呼ばれる」(マタイ5∙17-19)。
[578]
イエスはイスラエルのメシア、天の国でもっとも偉大なかたとして、ご自分のことばに従い、律法をきわめてささいなおきてに至るまで完全に果たさなければなりませんでした。しかも、イエスはそれを完全に果たすことのできた唯一のかたです356。ユダヤ人は、自ら告白しているように、ささいなおきてをも含めて律法を完全に守ることができませんでした357。例年の贖罪の日に、イスラエルの人たちが自分たちの律法違反のゆるしを神に願ったのは、このためです。実際、律法は一つの全体を成しているので、ヤコブが指摘するように、「律法全体を守ったとしても、一つの点で落ち度があるなら、すべての点について有罪となる」(ヤコブ2∙10)のです358。
[579]
文字として書かれていることがらだけではなく、精神においても律法を完全に遵守するという原則は、ファリサイ派の人々には大事なことでした。ファリサイ派の人々はこれを力説することにより、イエスの時代の多くのユダヤ人たちを激しい宗教的情熱に導きました359。もしそれが「偽善者的」な論議に終わるのでなければ360、この情熱は、すべての罪びとに代わってただ一人の正しい人が律法を完全に守る361という、前代未聞の神の介入のために神の民を準備させることができるはずでした。
[580]
律法を完全に成就するということは、律法のもとに生まれた御子362、神である立法者にのみできることでした。イエスの場合、律法はもはや石板ではなく、神のしもべであるイエスの「中」、「心に」(エレミヤ31∙33)刻まれたものです。事実、そのしもべは「裁きを導き出して、確かなものとし」(イザヤ42∙3)、「民の契約」(イザヤ42∙6)となられました。イエスは、「律法の書に書かれているすべてのことをたえず守らない者」が受ける363「律法ののろい」をご自分の上に負われるまでに律法を成就なさいました364。なぜなら、キリストは「最初の契約のもとで犯された罪のあがないとして」(ヘブライ9∙15)死んでくださったからです。
[581]
ユダヤ人や彼らの宗教的指導者の目には、イエスは「ラビ」として映りました365。しばしば、律法のラビ流の解釈の枠内での論争もしておられます366。しかし同時に、イエスは律法学者たちと衝突しないわけにはいきませんでした。なぜなら、彼らの間にご自分の解釈を提示するにとどまらず、「律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったから」(マタイ7∙29)です。書かれた律法をモーセに授けるためにかつてシナイ山上で響きわたったその同じ神のことばが、イエスにおいて、今一度至福の山で語られるのです367。このことばは、律法を廃止するのではなく、神からの最終的な解釈を供することによって律法を完成します。「あなたがたも聞いているとおり、昔の人は、……と命じられている。しかし、わたしはいっておく」(マタイ5∙33-34)。この同じ神的権威をもって、イエスはまた、神のことばを無にしているファリサイ派の人々368の「人間のいい伝え」369の幾つかを非難されます。
[582]
イエスは、さらに推し進めて、ユダヤ人の日常生活にとっては非常に重大な食べ物の浄・不浄にかかわる律法を、神の側から解釈し、その「教育的な」意味370を明らかにしながら、完成なさいました。「すべて外から人のからだに入るものは、人を汚すことができない。……すべての食べ物は清められる」といわれたイエスは、さらにことばを続けて、「人から出て来るものこそ、人を汚す。中から、つまり人間の心から悪い思いが出て来るからである」(マルコ7∙18-21)といっておられます。神的権威をもって律法を決定的に解釈したイエスは、幾人かの律法学者と衝突されました。この学者たちは、イエスの律法解釈がこれに伴う「天からのしるし」によって裏づけられたにもかかわらず371、受け入れなかったのです。とくに安息日の問題に関してそうでした。イエスはしばしば、ラビ的な論証を用いて372、安息日の休息は神への奉仕373や治癒のわざを通してまっとうされる隣人への奉仕374によっては乱されない、と指摘されます。
[583]
イエスは以前の預言者たちと同様に、エルサレムの神殿に深い敬意を表されました。生後四十日目には、ヨセフとマリアとによって神殿で奉献されました375。十二歳のときには、ご自分の御父に仕える義務があることを親に示すため、神殿にとどまられました376。ナザレで過ごされた間は、毎年、少なくとも過越祭には神殿にもうで377、その公生活中は、ユダヤ人の大祭日に定期的に巡礼をなさいました378。
[584]
イエスは神に出会う特別な場所として神殿を訪れました。神殿はイエスにとっては御父の住まい、祈りの家ですので、境内が取引の場となっていることに憤られました379。神殿から商人たちを追い出されたのは、御父への熱烈な愛によるものです。「『わたしの父の家を商売の家としてはならない。』弟子たちは、『あなたの家を思う熱意がわたしを食い尽くす』(詩編69∙10)と書いてあるのを思い出した」(ヨハネ2∙16-17)とあります。復活の後、使徒たちは神殿を敬います380。
[585]
にもかかわらず、受難を前にしたイエスは、このみごとな建物が跡形もなく崩壊することを予告されました381。イエスは、それがご自分の過越を通して開かれる終わりの時のしるしだと告げられたのです382。イエスのこの預言は、大祭司のもとで尋問されたとき、偽証人により歪曲して報告され383、十字架につけられたときにはあざけりとなって返ってきました384。
[586]
イエスは神殿に反感を抱くどころか385、神殿で教えの本質を述べ386、未来の教会の礎に定めたばかりのペトロ387の分と合わせて神殿税を支払われました。388さらに、ご自分を神殿と同一視し、ご自分が神の決定的な住まいであることを人々の間で示されました389。したがって、イエス〔の肉体〕を殺害することは390、救いの歴史が新しい時代に入ることを示す神殿の破壊を予告することになるのです。「あなたがたが、この山でもエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る」(ヨハネ4∙21)391。
[587]
律法とエルサレムの神殿に関する教えがイスラエルの宗教的指導者に対するイエスの側からの「反対を受ける」要因392であったとすれば、優れた神のわざである罪のあがないにおけるイエスの役割は、彼らにとっては真のつまずきの石であったのです393。
[588]
イエスは、ファリサイ派の人々と同じように394徴税人や罪びととも親しく食卓を囲んだことで395、ファリサイ派の人々をつまずかせました。イエスは、「自分は正しい人間だとうぬぼれて、他人を見下している」(ルカ18∙9)幾人かのファリサイ派の人々に396、「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪びとを招いて悔い改めさせるためである」(ルカ5∙32)と言明しておられます。さらに話を進め、ファリサイ派の人々に向かって、罪はだれでも犯すのであるから397、救いを必要としないと主張する者は自分自身に目をふさいでいることになる、と宣言しておられます398。
[589]
イエスはとくに、罪びとに対するご自分の慈悲深い態度を神ご自身の態度と同一視されることで、人々をつまずかせました399。事実、イエスは、罪びととともに食事をすることによって400、彼らをメシアの祝宴に迎えることを示されました401。また、とりわけ、罪をゆるすことでイスラエルの宗教的指導者たちをジレンマに陥らせました。すなわち、彼らはおののいて「神おひとりのほかに、いったいだれが、罪をゆるすことができるだろうか」(マルコ2∙7)といい、次の二者択一を迫られたのです。つまり、罪をゆるすイエスについて、人間でありながら神と等しい者のようにふるまうことによって神を冒瀆しているというべきか402、あるいは彼のいうことが真実であって、彼のうちに神のみ名が現れて現存しているというべきか、のいずれかを選択するように迫られたのです403。
[590]
「わたしに味方しない者はわたしに敵対する」(マタイ12∙30)といえるほどのイエスの絶対的な要求を正当化できるものは、イエスが神であるから、ということ以外にはありえません。イエスがご自分を「ヨナにまさるもの、……ソロモンにまさるもの」(マタイ12∙41-42)、あるいは神殿より偉大なものである404といわれるとき、さらには、ご自分についての説明の中でダビデがメシアをダビデ自身の主であると呼んだことを指摘されるとき405、また、「アブラハムが生まれる前から、『わたしはある』」(ヨハネ8∙58)、「わたしと父とは一つである」(ヨハネ10∙30)と断言されるときなどについても、同じことがいえます。
[591]
イエスはエルサレムの宗教指導者に、自ら行っている御父のわざのゆえにご自分を信じるよう促されました406。しかし、このように信じるには、人は神秘な方法で自分自身に死に、神の恵みに引き寄せられて407、天から新たに誕生しなければなりませんでした408。メシアに関する旧約時代の約束がイエスにおいてこれほど驚くべき方法で実現するのを前にして409、イスラエルの指導者たちは回心を求められたわけですから、イエスは瀆聖者として死に値すると判断した、最高法院の悲劇的な考え違いも理解できます410。このように、最高法院の議員たちは無知411と不信仰412によるかたくなな心413とによって行動していたのでした。
[592]
イエスはシナイ山上の律法を廃止したのではなく、その究極の意味を明らかにし414、律法に対する罪をあがなう415という方法で416、それを完成されました417。
[593]
イエスはユダヤ人の祭日にエルサレムに巡礼し、神殿への崇敬を表し、人々のただ中にあるこの神の住まいを熱烈に愛されました。神殿はイエスの神秘の前表です。イエスは、ご自分の死と救いの歴史の新たな時代が開始することの現れとして、神殿の崩壊を予告されました。新約においては、イエスのからだが最終的な神殿となります。
[594]
イエスは、罪をゆるすといった、ご自分が救い主であり、神であることを明らかにする行為をなさいました418。かなりのユダヤ人は、イエスが人となられた神であること419を認めず、イエスを自分を神としている人間とみなし420、瀆聖者として裁いたのです。
[595]
エルサレムの宗教的指導者の間には、ファリサイ派のニコデモ421や、アリマタヤ出身の有力者ヨセフ422のように、ひそかにイエスの弟子であった人がいただけではなく、以前からイエスについての意見が分かれていて423、ヨハネ福音書に記されているように、受難の直前でさえ、不完全ながら「議員の中にもイエスを信じる者は多かった」(ヨハネ12∙42)のです。したがって、聖霊降臨の後「祭司も大勢この信仰に入り」(使徒言行録6∙7)、「ファリサイ派の数名が信者になり」(使徒言行録15∙5)、聖ヤコブが「幾万人ものユダヤ人が信者になって、皆熱心に律法を守っています」(使徒言行録21∙20)と聖パウロにいうことができたのも、驚くに足りません。
[596]
エルサレムの宗教的指導者の間では、イエスに対してどのような態度にでるべきか、意見の一致が見られませんでした424。ファリサイ派の人々は、イエスに従う人たちを破門すべきであると主張しました425。「このままにしておけば、皆が彼を信じるようになる。そして、ローマ人が来て、我々の神殿も国民も滅ぼしてしまうだろう」(ヨハネ11∙48)と懸念する者たちに、大祭司カイアファは預言しながら、「一人の人間が民の代わりに死に、国民全体が滅びないで済むほうが、あなたがたに好都合だとは考えないのか」(ヨハネ11∙50)と提案しました。最高法院は、イエスを瀆聖者として死刑にすべきだと宣言しました426が、処刑する権利を持たなかったため427、政治的反逆のかどでローマ総督に引き渡しました428。こうしてイエスは、「暴動のかどで」(ルカ23∙19)告発されたバラバと同列に置かれます。大祭司たちは、政略的な脅迫の手でピラトにイエスの処刑を迫りました429。
[597]
福音書の叙述に見られるように、イエスの裁判は歴史的には複雑な出来事でした。したがって、神だけがご存じである裁判の当事者たち(ユダ、最高法院、ピラト)個人の罪がどうであろうと、また、操られた群衆が死刑にすべきだと叫んだり
430、聖霊降臨の後に使徒たちが回心を促しながらユダヤ人たちの態度を非難したとしても、イエスの死の責任をエルサレムのユダヤ人全体に帰すことはできません
431。ご自分を殺す人たちを十字架上でゆるされたイエスも
432、イエスの考えに従って語ったペトロも、指導者を含むエルサレムのユダヤ人が「無知」のためにイエスを殺したことを認めました
433。ましてや、「その血の責任は、我々と子孫にある」(マタイ27∙25)と全群衆が叫んだからといって
434、イエスの死の責任をあらゆる時代の、あらゆる場所のユダヤ人にまで及ぼすことはできません。
教会は第2バチカン公会議で、次のように宣言しました。「キリストの受難の際に犯されたことの責任を、その当時のユダヤ人すべてに無差別に負わせたり、今日のユダヤ人に負わせることはできません。……ユダヤ人は神から排斥された者とか、のろわれた者とか、あたかも聖書から結論されるかのようにいってはなりません」435。
[598]
教会は教導職に携わる人々の教えや聖人たちの証言に基づき、「罪びとたちこそ、キリストが忍ばれたすべての苦痛を招いた責任者であり、協力者であった」
436ことをつねに意識していました。教会は、わたしたちの罪がキリストご自身を傷つけるという事実を念頭において
437、ためらうことなく、イエスの死の苦しみに対するもっとも重い責任はキリスト者にあると考えています。それにもかかわらず、キリスト者はその責任をあまりにもしばしばユダヤ人に押しつけてきました。
「わたしたちはいつも繰り返し罪を犯す人々を、この恐ろしい罪の犯人とみなさなければなりません。イエス・キリストに十字架の責め苦を与えたのがわたしたちの罪である以上、過ちと悪に陥る人々は、確かに、罪によって、自分の心におられる神の御子を改めて十字架につけ、侮辱するのです。この場合、わたしたちの罪はユダヤ人の罪よりも重いことを認めなければなりません。事実、使徒パウロがいっているように、ユダヤ人は、もし理解していたら、栄光の主を十字架につけはしなかったはず(一コリント2∙8)だからです。これに反して、わたしたちは彼を知っていると宣言しています。ですから、わたしたちがわたしたちの行為によって神の御子を否認するとき、何らかの形で殺害者として御子に手をかけているのです」438。
「キリストを十字架につけたのは悪魔ではありません。あなたこそ、悪徳と罪を大いに楽しむことによって、悪魔とともにキリストを十字架につけたのであり、今もなお、それを続けています」439。
[599]
イエスの非業の死は、さまざまな事情が不幸に絡み合った偶然の結果ではありません。それは神の計画の神秘に属します。聖霊降臨の日、聖ペトロが初めての説教で、「神は、お定めになった計画により、あらかじめご存じの上で」(使徒言行録2∙23)このかたを彼らに引き渡されたと、エルサレムのユダヤ人に説明しているとおりです。ただし聖書のこの表現は、イエスを引き渡した者たち440は神によって前もって定められたことをただ筋書どおりに実行したにすぎない、といっているのではありません。
[600]
時の一刻一刻は、神の目には現在です。したがって、「予定」の永遠の計画には、神の恵みに対する各自の自由な応答が含まれています。「事実、この都で、ヘロデとポンティオ・ピラトは、異邦人やイスラエルの民と一緒になって、あなたが油を注がれた聖なるしもべイエスに逆らいました441。そして、実現するようにとみ手とみ心によってあらかじめ定められていたことを、すべて行ったのです」(使徒言行録4∙27-28)。神は、ご自分の救いの計画を実現するように442、こうした人たちの無分別から生じる行為を妨げなかったのです443。
[601]
「正しいしもべ」の死刑による神の救いの計画444は、以前から聖書の中で、普遍的あがないの神秘、すなわち、人間を罪の奴隷の状態から解放するあがないの神秘として告げられていました445。聖パウロは、自分が「受けた」という信仰宣言の中で446、「キリストは、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだ」(一コリント15∙3)と述べています447。イエスのあがないの死は、とくに、イザヤ書にある苦しむしもべの預言を実現しました448。イエスご自身、自らの生と死の意味を、この苦しむしもべに照らして述べておられます449。復活の後イエスは、エマオの弟子たちに450、ついで使徒たちに451、このような聖書の説明をなさいました。
[602]
したがってペトロは、神の救いの計画に対する使徒たちの信仰を、次のように表すことができました。「あなたがたが先祖伝来のむなしい生活からあがなわれたのは、金や銀のような朽ち果てるものにはよらず、きずや汚れのない小羊のようなキリストの尊い血によるのです。キリストは、天地創造の前からあらかじめ知られていましたが、この終わりの時代に、あなたがたのために現れてくださいました」(一ペトロ1∙18-20)。原罪に続く人々の罪は、死をもって罰せられます452。神は御子を奴隷の身分で453、すなわち、罪のゆえに堕落し、死に定められた人間の身分で454遣わすことにより、「罪と何のかかわりもないかたを、わたしたちのために罪となさいました。わたしたちはそのかたによって、神の義を得ることができたのです」(二コリント5∙21)。
[603]
イエスご自身は、とがめを受けるような罪を犯されませんでした455。しかし、御父とともにつねに抱いていたあがないをもたらす愛によって456、罪のために神から離反しているわたしたちの境遇を引き受け、十字架上ではわたしたちの一人として、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」(マルコ15∙34)と叫ぶことができたのです457。このように、神は御子を、わたしたち罪びとの連帯責任者となって、「わたしたちすべてのために、その御子をさえ惜しまずに死に渡され」(ローマ8∙32)、わたしたちが「御子の死によって神と和解させていただ〔ける〕」(ローマ5∙10)ようにしてくださったのです。
[604]
神はわたしたちの罪のために御子を死に渡して、わたしたちのための計画がわたしたちのすべての功績に先だついつくしみの愛のはからいであることを示されました。「わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります」(一ヨハネ4∙10)458。「わたしたちがまだ罪びとであったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました」(ローマ5∙8)。
[605]
この愛はだれをも除外しない愛です。イエスは迷い出た羊のたとえの結びで、そのことを指摘しておられます。「そのように、これらの小さな者が一人でも滅びることは、あなたがたの天の父のみ心ではない」(マタイ18∙14)。イエスは「多くの人の身代金として自分のいのちをささげる」(マタイ20∙28)と言明されます。この「多くの人」というのは限定語ではありません。人類を救うためにご自分を死に渡されるただ一人のあがない主に、人類全体を対照させているのです459。教会は使徒たちに続いて460、キリストは例外なしにすべての人のために死なれたと教えます。「〔キリストは〕過去、現在、未来のすべての人間のために苦しみました」461。
[606]
自分の意志を行うためではなく、お遣わしになったかたのみ旨を行うために天からくだった神の御子は462、「世に来られたときに、次のようにいわれたのです。……『ごらんください。わたしは来ました。……神よ、み心を行うために。』……このみ心に基づいて、ただ一度イエス・キリストのからだがささげられたことにより、わたしたちは聖なる者とされたのです」(ヘブライ10∙5-10)。神の御子は人となられた最初の瞬間から、ご自分のあがないの使命の中で実現するという神の救いの計画を引き受けられます。「わたしの食べ物とは、わたしをお遣わしになったかたのみ心を行い、そのわざを成し遂げることである」(ヨハネ4∙34)。「全世界の罪を償う」(一ヨハネ2∙2)ためのイエスの自己奉献は、御父との愛の交わりを表すものです。「わたしはいのちを捨てる。それゆえ、父はわたしを愛してくださる」(ヨハネ10∙17)。「わたしが父を愛し、父がお命じになったとおりに行っていることを、世は知るべきである」(ヨハネ14∙31)。
[607]
イエスの全生涯は、御父のあがないをもたらす愛の計画をまっとうする望みに駆り立てられたものでした463。人となられたのは、あがないのために受難を受諾するためだったからです。「『父よ、わたしをこの時から救ってください』〔といおうか〕。しかし、わたしはまさにこの時のために来たのだ」(ヨハネ12∙27)。「父がお与えになった杯は、飲むべきではないか」(ヨハネ18∙11)。さらに十字架上では、すべてが「成し遂げられる」(ヨハネ19∙30)前に、「渇く」(ヨハネ19∙28)といわれます。
[608]
洗礼者ヨハネは、罪びとと並んで自分のもとに来られたイエスに洗礼を授けてから464、イエスのうちに世の罪を取り除く小羊を認めて、それを人々に知らせました465。こうして、イエスは口を開かず、ほふり場に引かれ466、多くの人の罪を担う467苦しむしもべであり、また、エジプトからの過越でイスラエル民族のあがないの象徴となった過越の小羊468であることを明らかにしたのです。キリストの全生涯は、仕え、また多くの人の身代金として自分のいのちをささげる、というその使命を表しています469。
[609]
イエスは人々に対する御父の愛を、人間としてのご自分の心に受け入れ、人々を「この上なく愛し抜かれ」(ヨハネ13∙1)ました。「友のために自分のいのちを捨てること以上に大きな愛はない」(ヨハネ15∙13)からです。こうして、イエスの人性は苦しみと死に臨んで、人々の救いを望まれる神の愛の自由で完全な道具となりました470。実際、イエスは、御父と御父が救おうとされる人間への愛によって、自由に受難と死を受け入れられたのです。「だれもわたしからいのちを奪い取ることはできない。わたしは自分でそれを捨てる」(ヨハネ10∙18)。ご自分から進んで死に向かわれたときの、神の御子のあの威厳に満ちた自由は、ここに由来します471。
[610]
イエスは「引き渡される夜」(一コリント11∙23)、十二使徒とともに472食事を取られた間に、ご自分の自由な奉献を最高度に表されました。イエスは受難の前夜、まだ捕らえられていなかったとき、この使徒たちとの最後の晩さんを、人々の救いのために自ら進んで行われる御父への奉献の記念とされました473。「これは、あなたがたのために与えられるわたしのからだである」(ルカ22∙19)。「これは、罪がゆるされるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である」(マタイ26∙28)。
[611]
イエスがこのときに制定されたエウカリスチアは、ご自分のいけにえの記念となりました474。イエスはご自身の奉献に使徒たちを組み入れ、この奉献を永続させるようお命じになります475。こうして、イエスは使徒たちを新しい契約の祭司に定められたのです。「彼らのために、わたしは自分自身をささげます。彼らも、真理によってささげられた者となるためです」(ヨハネ17∙19)476。
[612]
イエスは、最後の晩さんでご自分を前もってささげられた新しい契約の杯を477、続くゲツセマネの苦悩の中で御父の手から受け取られ478、「死に至るまで従順でした」(フィリピ2∙8)479。イエスは「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください」(マタイ26∙39)と祈られます。このように、イエスはご自分の人性にとって死がいかに恐ろしいものであるかを表しておられます。事実、イエスの人性はわたしたちのそれと同様、永遠の生命に向けられています。ところがその人性は、わたしたちのそれとは違って、死を生じる罪480からまったく免れており481、またとくに、「いのちの導き手」482、「生きている者」483である神の御子によって担われているのです。御父のみ旨が行われることを人として受諾されたイエスは484、ご自分の死を、「十字架にかかって、自らその身にわたしたちの罪を」(一ペトロ2∙24)担ってくださるためのあがないの死として受け入れられました。
[613]
キリストの死は、世の罪を取り除く神の小羊による485人間の決定的あがないを成就した過越のいけにえ486であると同時に、新しい契約のいけにえであって487、これにより、人間は、多くの人の罪がゆるされるために流された血488によって神と和解し、神との交わりを回復しました489。
[614]
キリストのいけにえは比類のないもので、あらゆるいけにえを完成させ、それらを超越するものです490。このいけにえはまず、父である神ご自身のたまものです。御父こそ、わたしたちをご自分と和解させるために、御子を死に渡されました491。それは同時に、人となられた神の御子の奉献であり、御子はわたしたちの不従順を償うため、自由に、愛をもって492、ご自分のいのちを493、聖霊によって494御父にささげられました。
[615]
「一人の人の不従順によって多くの人が罪びととされたように、一人の従順によって多くの人が正しい者とされるのです」(ローマ5∙19)。イエスは死に至るまで従うことにより、多くの人の罪を担い、多くの人が正しい者とされるために彼らの罪を自ら負い、自分のいのちを償いのいけにえとしてささげる苦しむしもべの役をまっとうされました495。イエスはわたしたちの過ちの償いを果たし、わたしたちの罪のゆえに自ら御父に償いをささげられました496。
[616]
キリストのいけにえにあがないと償いの価値をもたらしたのは、その限りない愛497にほかなりません。キリストはわたしたち皆を知り、愛してご自分のいのちを奉献されました498。「キリストの愛がわたしたちを駆り立ててい〔ま〕す。わたしたちはこう考えます。すなわち、一人のかたがすべての人のために死んでくださった以上、すべての人も死んだことになります」(二コリント5∙14)。人間はだれであれ、もっとも聖なる者であっても、すべての人間の罪を負い、すべての人のために自分をいけにえとしてささげることはできません。キリストは神の御子であって、あらゆる人間を超越すると同時に包括し、また全人類の頭でもあるので、いけにえとなってすべての人をあがなうことがおできになったのです。
[617]
トリエント公会議は、「キリストは十字架上での受難により、わたしたちを義とする功徳を積まれた」499と教え、永遠の救いの源500であるキリストのいけにえの比類のない性格を強調しました。教会は、「めでたし、わたしたちの唯一の希望である十字架よ!」501と歌って、十字架を崇敬します。
[618]
十字架の死は、神と人との唯一の仲介者
502であるキリストの比類のないいけにえです。しかし、キリストは、人となられた神のペルソナにおいて「ある意味で自らをすべての人間と一致させ」
503られたので、「神のみが知っておられる方法によって、すべての人に復活秘義にあずかる可能性を提供されます」
504。キリストはわたしたちのために苦しみを受け、その足跡に続くように模範を残し
505、弟子たちがそれぞれの十字架を背負って、ご自分に従うよう促しておられます
506。こうして、あがないの恩恵を受ける人々をご自分のあがないのいけにえにあずからせようとしておられます
507。これは、御母マリアによって最高度にまっとうされました。御母は他のだれよりも緊密に御子のあがないの苦しみの神秘にあずかられたのです
508。
「十字架のほかに、天に上るはしごはありません。」509
[619]
「キリストは、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死なれました」(一コリント15∙3)。
[620]
わたしたちの救いは、神が先にわたしたちを愛された神の愛によって実現されます。「神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります」(一ヨハネ4∙10)。「神は、キリストを通してわたしたちをご自分と和解させ〔られ〕ました」(二コリント5∙18)。
[621]
イエスはわたしたちの救いのために、自ら進んでご自分をささげられました。イエスはこの奉献を、最後の晩さんのときに「これは、あなたがたのために与えられるわたしのからだである」(ルカ22∙19)ということばで前もって示し、実現なさいました。
[622]
キリストは「多くの人の身代金としてご自分のいのちをささげる」(マタイ20∙28)ため、すなわち、「弟子たちをこの上なく愛し抜かれる」(ヨハネ13∙1)ために来られました。それは、人々が先祖伝来のむなしい生活からあがなわれるためでした510。これこそが、キリストのあがないの意味であり目的なのです。
[623]
イエスは「十字架の死に至るまで」(フィリピ2∙8)御父を愛し、御父に従い、苦しむしもべの贖罪の使命をまっとうし511、多くの人が正しい者とされるために彼らの罪を自ら負われました512。
[624]
イエスは、「神の恵みによって、すべての人のために」、「死」(ヘブライ2∙9)を味わわれたのです。救いの計画において、神がはからわれたことは、ただ御子が「わたしたちの罪のために死」(一コリント15∙3)なれるだけではなく、「死を味わわれる」ことでした。すなわち、御子は十字架上で息絶えた瞬間から復活されるまでの間に、死の状態、つまり、ご自分の霊魂と肉体との分離の状態を体験されました。この、埋葬されたまま死者のもとに下っておられるという、亡くなられたキリストの存在のありようは神秘です。それは、墓に納められたキリストが513宇宙全体に平和をもたらす514人類の救いを成就して515神の大安息516に入られたことを示す、聖土曜日の神秘です。
[625]
キリストが墓にとどまられたことは、生前の苦しむことのできる状態と復活したキリストの現実の栄光の状態とが結びついていることを表しています。その「生きている」同じかたは、「わたしは一度は死んだが、見よ、世々限りなく生きて」(黙示録1∙18)いるということがおできになるのです。
「神(御子)は、人間本性の定めに従い、死が霊魂と肉体とを分離することを妨げられませんでした。しかし、復活によって両者を新たに相互に結びつけられました。こうして、ご自身が死と生の合流点となられ、死によって生じた人間本性の分解をご自分のうちでやめさせ、ご自身、分離したそれぞれの部分のための再結合の源となられました」517。
[626]
殺された「いのちへの導き手であるかた」
518と「復活されて生きておられるかた」
519とは同一のかたなのですから、神の御子キリストが、死によって互いに分離されたご自分の霊魂と肉体とを担い続けられるのは当然のことでした。
「キリストの死の際に霊魂が肉体から分離したことで、キリストの唯一の位格(ペルソナ)が二つに分かれたわけではありません。キリストの肉体と霊魂は、当初からみことばのペルソナのうちに同じ資格で存在していました。死によって両者は分離しましたが、それぞれ、同一のみことばと結ばれていたのです」520。
[627]
キリストは、死によってこの世における人間としての生存を閉じました。したがって、キリストの死は真の死です。しかし、キリストの肉体は御子のペルソナと結ばれていましたから、他の人々のような死体とはなりませんでした。その肉体は「死に支配されたままでおられるなどということは、ありえなかった」(使徒言行録2∙24)ので、「神の力がキリストの肉体を腐敗から守った」521のです。キリストについては、「いのちある者たちの地から断たれた」(イザヤ53∙8)ともいえますし、また、「わたしのからだ〔は〕希望のうちに生きるであろう。あなたは、わたしの魂を陰府に捨てておかず、あなたの聖なる者を朽ち果てるままにしておかれない」(使徒言行録2∙26-27)522ともいうことができます。「三日目」(一コリント15∙4、ルカ24∙46)に起こったイエスの復活が523そのしるしです。なぜなら、腐敗は四日目から現れると考えられていたからです524。
[628]
洗礼の本来の意味を十分に表現しているのは、浸水洗礼です。これは、新しいいのちに生きるためにキリストとともに罪に死ぬキリスト者の埋葬を効果的に表します。「わたしたちは洗礼によってキリストとともに葬られ、その死にあずかるものとなりました。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中から復活させられたように、わたしたちも新しいいのちに生きるためなのです」(ローマ6∙4)525。
[629]
イエスはすべての人のために死を味わわれました526。死に、そして葬られたのは、まぎれもなく、人となられた神の御子です。
[630]
キリストが墓にとどまっていた間、神としてのキリストのペルソナは、死によって互いに分離した霊魂と肉体とを担い続けておられました。したがって、キリストの死んだ肉体は「朽ち果てることがなかったのです」(使徒言行録13∙37)。