[616]
キリストのいけにえにあがないと償いの価値をもたらしたのは、その限りない愛ヨハネ13・1参照。にほかなりません。キリストはわたしたち皆を知り、愛してご自分のいのちを奉献されましたガラテヤ2・20、エフェソ5・2,25参照。。「キリストの愛がわたしたちを駆り立ててい〔ま〕す。わたしたちはこう考えます。すなわち、一人のかたがすべての人のために死んでくださった以上、すべての人も死んだことになります」(二コリント5∙14)。人間はだれであれ、もっとも聖なる者であっても、すべての人間の罪を負い、すべての人のために自分をいけにえとしてささげることはできません。キリストは神の御子であって、あらゆる人間を超越すると同時に包括し、また全人類の頭でもあるので、いけにえとなってすべての人をあがなうことがおできになったのです。
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トリエント公会議は、「キリストは十字架上での受難により、わたしたちを義とする功徳を積まれた」トリエント公会議第6総会『義化についての教令』第1章(DS1529) 。と教え、永遠の救いの源ヘブライ5・9参照。であるキリストのいけにえの比類のない性格を強調しました。教会は、「めでたし、わたしたちの唯一の希望である十字架よ!」賛歌「王の旗は」 (Vexilla Regis)への典礼上の付加(Liturgia Horarum, editio typica, v. 2 [Typis Polyglottis Vaticanis 1974] 313; v. 4 [Typis Polyglottis Vaticanis 1974] 1129)。と歌って、十字架を崇敬します。