[62]
族長たちの時代の後、神はイスラエルをエジプトでの奴隷の状態から解放して、ご自分の民となさいました。神はシナイ山でこの民と契約を結び、モーセを通して、民に律法を与えられました。それは、この民がご自分を生きている真の唯一の神、摂理の父、公正な裁き主として認め、神に仕え、約束された救い主を待つようにさせるためでした 『神の啓示に関する教義憲章』,第3項参照。。
[63]
イスラエルは神の祭司的な民出エジプト19・6参照。、「主のみ名がつけられ」(申命記28∙10)た民です。「はじめに神の語りかけを受けた」 『ローマ・ミサ典礼書』聖金曜日・主の受難の祭儀の盛式共同祈願6。民、アブラハムの信仰に従う「兄」にあたる民ですヨハネ・パウロ2世「ローマのシナゴーグで行われたユダヤ人共同体との会見におけるあいさつ1986年4月13日)」(Insegnamenti di Giovanni Paolo II IX/1, 1027)参照。。
[64]
預言者たちによって、神はその民のうちに救いの希望と、すべての人々にもたらされイザヤ2・2-4参照。、心のうちに刻まれるはずのエレミヤ31・31-34、ヘブライ10・16参照。、新しい永遠の契約への待望の心を培われます。預言者たちは神の民の根本的なあがない、民のあらゆる不忠実な行いの浄化エゼキエル36章参照。、すべての国の人々を含む救いを告げ知らせますイザヤ49・5-6,53・11参照。。この希望を担うのは、とくに主の貧しい人々と謙遜な人々ですゼファニヤ2・3参照。。サラ、リベカ、ラケル、ミリヤム、デボラ、ハンナ、ユディト、エステルのような女性たちは、イスラエルの救いの生き生きとした希望を保ちとおしました。その中のもっとも清らかな人物がマリアですルカ1・38参照。。