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マグダラのマリアと聖なる婦人たちは、安息日になるので金曜日の夕方に急いで葬られた550イエスの遺体に香油を塗ろうとして墓に参り551、復活者に最初に出会った人たちです552。こうして、婦人たちは使徒たちにキリストの復活を伝える最初の使者となりました553。その後、イエスはまずペトロに、ついで十二人の使徒たちに姿を現されました554。兄弟たちの信仰を強めるように命じられていたペトロは555、復活したかたに他の弟子たちよりも先に会います。そして一同は、ペトロの証言に基づいて、「本当に主は復活して、シモンに現れた」(ルカ24∙34)と叫ぶのです。
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イエスの復活後の日々に起こった一つ一つの出来事は、使徒たち、とくにペトロを、復活の朝に始まった新しい時代の建設作業に参加させていくことになります。使徒たちは復活されたイエスの証人として、教会の礎石であり続けます。最初の信者共同体の信仰は、彼らに知られていた人々、その大方はまだ暮らしをともにしていた人々の証言に基づいていました。「キリストの復活の証人」556は、まずペトロと他の使徒たちですが、彼らに限られていたのではありません。パウロは、ヤコブとすべての使徒たち以外にも、イエスが同時に五百人以上に現れた、と明確に述べています557。
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以上の証言を前にして、キリストの復活をその身体的側面を無視して解釈したり、歴史的事実として認めないことは不可能です。イエスはご自分の受難と十字架上の死558とを予告されました。これらが実際に起こったとき、弟子たちの信仰が根底から揺り動かされたことは明らかです。イエスの受難によって受けた打撃はあまりにも強かったので、弟子たち(少なくともそのある者たち)は復活の知らせをすぐには信じなかったほどでした。福音書によれば、イエスが亡くなられた後の弟子たちは熱狂的な集団とはほど遠いもので、打ちのめされ(「暗い顔をして」〈ルカ24∙17〉)、恐れていました559。ですから、弟子たちは墓から戻った婦人たちのことばを信じず、「この話がたわ言のように思われた」(ルカ24∙11)のです560。イエスは、復活の夜十一人に現れたとき、「その不信仰とかたくなな心をおとがめになりました。復活されたイエスを見た人々のいうことを信じなかったから」(マルコ16∙14)です。
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弟子たちは復活した現実のイエスを目の前にしても、まだ疑っていました561。それほどに、弟子たちにとって復活はありえないものに思われたのです。それで、亡霊でも見たのではないかと思いました562。「喜びのあまりまだ信じられず、不思議がって」(ルカ24∙41)いました。トマスも同様に疑いを抱きます563。そして、マタイが報じるところによれば、ガリラヤでの最後の出現のときでさえ、「疑う者がいた」(マタイ28∙17)のです。ですから、イエスの復活は弟子たちの信仰(または信じやすさ)が作り出したものだという憶測は筋が通っていません。そうではなくて、使徒たちの復活信仰は、復活したイエスに現実にお会いするという直接的な体験から⸺神の恵みの働きのもとに⸺生まれたものなのです。