[721]
この上なく聖なる神の母、終生おとめであるマリアは、時が満ちた時点での御子と聖霊の派遣による何ものにも代えがたいすばらしい成果なのです。救いの計画の中で初めて、御父は御子と聖霊とが人間の間に住むことのおできになる住まいを見つけられます。ご自分の霊がこれを整えられたからです。この意味で、教会の伝承はしばしば、知恵に関するもっとも美しい聖書のテキストをマリアに当てはめて解釈しています箴言8・1〜9・6、シラ24章参照。。マリアは、典礼の中で「英知の座」として示され、たたえられています。
マリアのうちに、霊がキリストと教会とにおいて成し遂げようとされる「神の偉大なわざ」が現れ始めたのです。
[722]
聖霊は、マリアを恵みによって準備されました。「神性が、余すところなく、見える形をとって宿って」(コロサイ2∙9)いるキリストの母は、「恵みに満ちあふれたかた」でなければなりませんでした。マリアは、無償の恵みによって、人々の間でもっともつつましいかた、全能者のえもいわれぬたまものをもっとも素直に受け止めることができる者として、原罪の汚れなく宿られました。ですから、天使ガブリエルがマリアに、「シオンの娘」として、「喜びなさい」とあいさつしたのは、まことにふさわしいことでしたゼファニヤ3・14、ゼカリヤ2・14参照。。マリアが、永遠の御子を懐妊したときに歌った賛歌の中でルカ1・46-55参照。、聖霊において御父にささげた感謝は、実は神の民全体、つまり全教会の感謝なのです。
[723]
聖霊はマリアにおいて、御父のいつくしみ深い計画を実現されます。マリアは聖霊によって神の御子を懐妊し、出産します。そして、おとめでありながら、聖霊と信仰との力によって比類のない母となりますルカ1・26-38、ローマ4・18-21、ガラテヤ4・26-28参照。。
[724]
聖霊はマリアにおいて、おとめの子となられた御父の御子を現されます。マリアは神の決定的な顕現の「燃える柴」なのです。聖霊に満たされたマリアは、みことばを自分のからだから生まれた人間として示し、「貧しい人々」ルカ2・15-19参照。と諸国民の初穂となる人々マタイ2・11参照。に御子を知らせます。
[725]
聖霊はマリアを通して、神の慈愛(神の「善意」)の的ルカ2・14参照。である人々をキリストとの交わりに迎え入れ始められます。謙虚な人たちが、いつも真っ先にキリストを迎えています。羊飼い、占星術の学者たち、シメオン、アンナ、カナの夫婦、そして最初の弟子たちがそうです。
[726]
霊のこの働きの終わりに、マリアは、あの「婦人」、「すべていのちあるものの母」である新しいエバ、「全キリスト」の母ヨハネ19・25-27参照。となります。マリアはまさにこのような資格で、聖霊降臨の朝、霊が教会の誕生とともに始めようとする「終わりの時代」の始まりに、「心を合わせて熱心に祈〔る〕」(使徒言行録1∙14)使徒たちの間にいるのです。