[727]
時が満ちて御子と聖霊とが果たされたすべての働きは、その受肉以来、御子が御父の霊によって油注がれたかたであるということにかかわるものです。イエスはキリスト、メシアなのです。
信条の第2章全体は、この光のもとで読まなければなりません。キリストのわざはすべて、御子と聖霊との共同の働きです。ここでは、イエスによる聖霊の約束と、栄光を受けたキリストが聖霊をお与えになったことについて述べるにとどめます。
[728]
イエスは、死と復活とによって栄光を受けるまでは、聖霊について完全には明かしておられません。とはいえ、たとえば群衆に教えながら、ご自分の肉が人々のいのちの糧であると明かされたとき98のように、少しずつ教えておられます。また、ニコデモ99、サマリアの女100、仮庵祭に加わった人たち101にも教えておられます。弟子たちには、祈りと102、弟子たちが立てるべきあかしに関する教えの中で103、公然と聖霊について語っておられます。
[729]
イエスは、栄光を受ける「時」が訪れたときに、はじめて聖霊の到来を約束されました。なぜなら、イエスの死と復活とは先祖たちになされた約束の成就だからです104。イエスの祈りに答えて、御父が真理の霊、別の弁護者をお与えになります。イエスの名によって、御父が聖霊をお遣わしになるのです。イエスは御父のもとから聖霊をお遣わしになります。それは、聖霊が御父から発出しているからです。聖霊がおいでになって、わたしたちは聖霊を知るでしょう。聖霊はいつまでもわたしたちとともにおり、わたしたちとともにとどまり、すべてを教え、キリストがわたしたちに話されたすべてを思い起こさせ、キリストをあかしし、わたしたちを真理のすべてに導き、キリストに栄光を帰されるでしょう。世に関していえば、罪について、義について、また、裁きについて、世の誤りを明らかにされるのです。
[730]
ついに、イエスの「時」が到来します105。イエスは死に直面して、ご自分の霊を御父の手におゆだねになります106。そのとき、イエスは死に打ちかたれました。「御父の栄光によって死者の中から復活させられ」(ローマ6∙4)るや、弟子たちに「息を吹きかけ」て、聖霊をお与えになります107。その「時」以来、キリストと聖霊との派遣は教会の派遣となるのです。「父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす」(ヨハネ20∙21)108。