「世界は教会のために造られた」
ヘルマス『牧者』 (Hermas, Pastor 8, 1 [Visio2,4,1]):SC53,96)。アリスティデス『護教諭』 (Aristides, Apologia 16,7:BP11,125)、聖ユスティノス『第2弁証論』 (S. Iustinus, Apologia 2, 7 : CA 1, 216-218 [PG 6, 4561)参照。と初代教会の信者たちはいっていました。神はご自分のいのちに交わらせるために世界を創造し、この交わりはキリストのうちにすべての人間を「招集」することで実現されます。この「招集」された集いが、教会です。教会は万物の目的です
聖エピファニウス『パナリオン(薬箱)』(S. Epiphanius, Panarion, 1, 1, 5, Hoereses 2, 4: GCS 25, 174 [PG41, 1811)参照。。神が天使の失墜や人祖の罪のような痛ましい事態を妨げなかったのは、ただ、それらを、神の大きな力と世界に与えようと望まれる限りない愛とを示すための機会や手段となさるためでした。
「神の意志は創造の行為であり、造られたものが世界と呼ばれるのと同じように、その目的は人間の救いであり、そのために創設されたものが教会と呼ばれます」アレクサンドリアのクレメンス『教育者』 (Clemens Alexandrinus, Paedagogus I, 6, 27, 2: GCS 12, 106 [PG 8, 281])。。