結果 787-796
「だから喜び、感謝しましょう。わたしたちはただキリスト者になっただけではなく、キリストご自身になったのです。皆さん、神がキリストを頭としてわたしたちにお与えになった恵みのほどがわかりますか。驚嘆し、喜んでください。わたしたちはキリストとなりました。実際、キリストは頭であり、わたしたちはその肢体なのですから、キリストとわたしたちとで、一人の人間全体を形づくっているのです。……キリストの完全な姿、それは頭と肢体です。頭と肢体、といいましたが、それはどういうことでしょうか。キリストと教会にほかなりません」238。
「わたしたちのあがない主は、ご自分が担われた教会とただ一つの、同じかたとなられました」239。
「頭と肢体とは、いわば、神秘的な一つのペルソナです」240。
裁判官に対するジャンヌ・ダルクの次のことばが、聖なる教会博士たちの信仰を要約し、信仰者の良識を表しています。「イエス・キリストと教会ですが、わたしの考えでは、それは一つの全体で、これに異論の余地はないはずです」241。
「これは全キリスト、頭とからだ、多くのものからなるただ一つのものです。……話すのが頭であろうと、肢体であろうと、ほかならぬキリストが話しておられるのです。キリストは時には頭の役を取り、時には、からだの役を取られて話されます。『「二人は一体となる。」この神秘は偉大です。わたしは、キリストと教会について述べているのです』(エフェソ5∙31-32)といわれているではありませんか。また、主ご自身も福音書の中で、『二人はもはや別々ではなく、一体である』といっておられます(マタイ19∙6)。ご存じのように、実際は異なる二人の者がいるわけですが、それでも、二人は夫婦の契りでただ一体となります。……頭としては『夫』といわれ、からだとしては『妻』といわれるのです」247。