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からだは一つであっても、肢体は多様です。「キリストのからだの建設においても、それぞれ肢体と職務の相違があります。霊は一つであって、その豊かな富にふさわしく、また役務の必要に応じて、教会の益のために、いろいろのたまものを分け与えられます」233。神秘体が一つであることは、信者の間に愛を生み、はぐくみます。「このために、一つの肢体が苦しめば、すべての肢体はともに苦しみ、一つの肢体が尊ばれれば、すべての肢体がともに喜ぶのです」234。さらに、キリストのからだが一つであれば、あらゆる人間的分裂を克服することができます。「洗礼を受けてキリストに結ばれたあなたがたは皆、キリストを着ているからです。そこではもはや、ユダヤ人もギリシア人もなく、奴隷も自由な身分の者もなく、男も女もありません。あなたがたは皆、キリスト・イエスにおいて一つだからです」(ガラテヤ3∙27-28)。