[888]
主の命令によれば421、司教たちの「第一の義務は」、協力者である司祭たちとともに、「神の福音をすべての人に告げることです」422。司教は「信仰の伝達者であって、新しい弟子たちをキリストに導く」、「キリストの権威を帯びている」使徒伝来の信仰の「真正なる師」423です。
[889]
教会が使徒たちから伝えられた信仰を純粋に保つため、キリストは、教会が真理そのものであるご自分の不可謬性を分かち持つように定められました。教会の生きた教導職の指導のもとに、神の民は「超自然的な信仰の心によって……信仰を損なうことなく固く守ります」424。
[890]
教導職の使命は、神がキリストによってご自分の民と結ばれた契約の決定的性格を帯びています。この教導職は神の民を逸脱と誤りから守り、真正な信仰を誤りなく宣言する客観的な可能性を保証しなければなりません。したがって、教導職の司牧的任務は、神の民が自由をもたらす真理の中にとどまるように配慮することを目指しています。キリストは司牧者たちにこの任務を果たさせるため、信仰と道徳を誤りなく教えるというカリスマを付与されました。このカリスマは幾つかのしかたで行使されます。
[891]
「司教団体の頭であるローマ教皇は、その職務の権能により、この不謬性を持つのであって、それは自分の兄弟たちを信仰に固める任を持つすべてのキリスト信者の最高の牧者および師として、信仰と道徳に関する教義を決定的に宣言するときです。……教会に約束された不謬性は、司教団体がペトロの後継者とともにその最高の教職を行使するとき、司教団体の中にも存在します」425。それはとくに公会議において行使されます。教会が、その最高の教導職によって、あることがらを「信ずべき神の啓示として」426、またキリストの教えとして宣言するとき、それらの決定については「信仰の従順による同意が要求されます」427。この不謬性は、「神の啓示の遺産の広がりと同じ広がりを有します」428。
[892]
神の助けは、ペトロの後継者と一致して教える使徒の後継者たちが、またとくに全教会の牧者であるローマの司教が、不謬の教義決定でも「決定的なしかた」での宣言でもなく、通常の教導職を行使して、啓示をよりよく理解させるための信仰・道徳に関する教えを提示するときにも、与えられます。この通常の教えに対して、信者は「敬謙従順な心をもってそれに同意しなければなりません」429。この同意は信仰の同意とは異なってはいても、それに沿うものです。