[901]
「信徒はキリストにささげられ聖霊から塗油された者として、霊の果実が自分の中につねにより豊かに実るようにするという、すばらしい召命と手段を受けています。彼らがすべての仕事・祈り・使徒的活動・結婚生活・家庭生活・日々の労苦・心身の休養を聖霊において行い、なお生活のわずらわしさを忍耐強く耐え忍ぶならば、これらのすべてはイエス・キリストを通して神に喜ばれる霊的いけにえとなり(一ペトロ2∙5 参照)、聖体祭儀の執行において主のからだの奉献とともに父に敬謙にささげられます。このように信徒もまた、どこにおいても聖なる行いをもって神に礼拝をささげる者として、世そのものを神に奉献するのです」441。
[902]
父母は、「キリスト教的精神のうちに夫婦の生活を送り、子女のキリスト教教育を配慮することによって」442、特別なしかたでこの聖化の任務に参与します。
[903]
信徒は必要な適性を備えているならば、恒常的に朗読奉仕者や祭壇奉仕者の奉仕職に任命されることもあります443。「信徒は、奉仕者が不足し教会に必要と認められる場合には、法の規定に従い、朗読奉仕者または祭壇奉仕者ではなくとも、その若干の職務、すなわちことばの奉仕職を果たし、典礼の祈りを司式し、洗礼を授け、聖体を分配する職務を果たすことができます」444。