[967]
処女マリアは、御父のみ旨と、御子のあがないのわざと、聖霊の働きに全面的に賛同したことにより、教会にとっては信仰と愛の模範です。このことにより、マリアは「教会の卓越してまったく独特な肢体」533であり、教会の「模範として仰ぐべき存在」、「範型」でさえあります534。
[968]
教会と全人類に対するマリアの役割には、これ以上のものもあります。彼女は「従順、信仰、希望、燃える愛をもって、人々に超自然的生命を回復するために、救い主キリストのみわざにまったく独自な方法で協力されました。このためにマリアは恩恵の世界でわたしたちにとって母です」535。
[969]
「恩恵の計営におけるマリアの母としてのこの役割は、お告げに際してマリアが忠実に与え、そして十字架の下でためらうことなく堅持し続けた同意から始まって、選ばれたすべてのものの永遠の完成に至るまでたえず続くものです。マリアは天に上げられた後もこの救いをもたらす務めを放棄することはなく、かえって数々の取り次ぎをもって、永遠の救いのたまものをわたしたちに得させることを続けられます。……このために聖なる処女は、教会において、弁護者、扶助者、〔援助者、〕仲介者の称号をもって呼び求められています」536。
[970]
「人々に対するマリアの母としての役割は、キリストの唯一の仲介を決して曇らせたり減少させたりするものでではなく、かえってキリストの仲介の力を示すものです。実に、聖なる処女が人々に対して及ぼす救いに役立つすべての影響は、……キリストの功績の満ちあふれるところから流れ出て、キリストの仲介に基づき、その仲介にまったく依存し、その仲介からいっさいの力をくみ取るのです」537。「事実、いかなる被造物も受肉されたみことば・あがない主と同列に置くことは決してできません。しかしキリストの祭司職に聖職者も信者の民も種々の様式で参与するように、また、神の唯一の善性が被造物に種々の様式で現実に広げられているように、あがない主の唯一の仲介は、造られた者が唯一の泉に参与しながら行う種々の協力を拒絶するものではなく、かえってこれを引き起こすのです」538。