結果 976-987
(本書の第2編で、洗礼、ゆるしの秘跡と他の秘跡、とくに、聖体の秘跡による罪のゆるしについて詳しく述べているので、ここでは若干の基本的教えを簡単に指摘するにとどめます)
「教父たちは、ゆるしの秘跡を『骨の折れる洗礼』ナジアンゾスの聖グレゴリオス『説教』(Oratio 39, 17: SC 358, 188 [PG 36, 356])参照。と呼んでいます。救いのためには、まだ生まれ変わっていない人に洗礼が必要であるのと同じように、洗礼の後で罪を犯した人々には、ゆるしの秘跡が必要です」トリエント公会議第14総会『ゆるしの秘跡について』第2章(Doctrina de sacramento Paenitentiae : DS1672)。。
教会が「天の国のかぎを受けたのは、教会の中で、聖霊の働きによってキリストの血による罪のゆるしが行われるためです。この教会の中でこそ、罪によって死んだ霊魂は生き返り、わたしたちを恵みによって救ってくださったキリストとともに生きるようになるのです」聖アウグスティヌス『説教』 (Sermo 214, 11: ed. P. Verbraken: Revue Bene dictine 72 [1962] 21 [PL 38, 1071 10721)。。
「主は、弟子たちが大きな権能を持つことを望まれます。すなわち、ご自分の取るに足りないしもべたちが、ご自分がこの世におられたときに行われたあらゆることをご自分の名で行うようにお定めになったのです」聖アンブロジウス『悔い改めについて』(S. Ambrosius, De Paemtentia 1, 8, 34: CSEL 73, 135-136 [PL 16, 476-477])。。
「〔司祭たちは〕神が天使にも大天使にもお与えにならなかった権能を授かりました。……神は、司祭たちがこの世で行うことをすべて、天上で承認されます」聖ヨアンネス・クリュソストモス『司祭職について』 (S. Joannes Chrysostomus, De sacerdotio 3, 5: SC 272, 148 [PG 643])。。
罪のゆるしが「もし教会の中になかったならば、いかなる望みもありえないことになったでしょう。罪のゆるしがもし教会の中になかったならば、永遠のいのちも永遠の救いの希望もまったく存在しないことになったでしょう。教会にこれほどのたまものをお与えになった神に感謝いたしましょう」聖アウグスティヌス『説教』 (Sermo213,8, 8: ed. Morin, Sancti Augustin sermones post Maurinos reperti [Guelfer bytanus 1, 9] [Romae 1930〕448 [PL 38, 1064])。。