結果 992-1004
「世界の王は、律法のために死ぬ我々を、永遠の新しいいのちによみがえらせてくださるのだ」(二マカバイ7∙9)。「たとえ人の手で、死に渡されようとも、神が再び立ち上がらせてくださるという希望をこそ選ぶべきである」(二マカバイ7∙14)2マカバイ7・29、ダニエル12・1-13参照。。
「しかし、死者はどんなふうに復活するのか、どんなからだで来るのか、と聞く者がいるかもしれません。愚かな人だ。あなたがまくものは、死ななければいのちを得ないではありませんか。あなたがまくものは、後でできるからだではなく、……ただの種粒です。……まかれるときは朽ちるものでも、朽ちないものに復活するのです。……死者は復活して朽ちない者とされます……この朽ちるべきものが朽ちないものを着、この死ぬべきものが死なないものを必ず着ることになります」(一コリント15∙35-37,42,52-53)。
「大地の実りであるパンが、神への呼びかけがなされると、もはや普通のパンではなく、地上的なものと天上的なものとから成り立つエウカリスチア(聖体)となるように、エウカリスチアをいただくわたしたちの身体も、もはや朽ちるべきものではなく、復活の希望を持つものとなります」聖エイレナイオス『異端反駁』 (Adversus haereses 4, 18, 5: SC 100, 610-612 [PG 7, 1028-1029 1).。
「合図の号令がかかり、大天使の声が聞こえて、神のラッパが鳴り響くと、主ご自身が天からくだって来られます。すると、キリストに結ばれて死んだ人たちが、まず最初に復活します」(一テサロニケ4∙16)。
「あなたがたは洗礼によってキリストとともに葬られ、また、キリストを死者の中から復活させた神の力を信じて、キリストとともに復活させられたのです。……あなたがたはキリストとともに復活させられたのですから、上にあるものを求めなさい。そこでは、キリストが神の右の座に着いておられます」(コロサイ2∙12、3∙1)。
「からだは……主のためにあり、主はからだのためにおられるのです。神は、主を復活させ、また、その力によってわたしたちをも復活させてくださいます。あなたがたは、自分のからだがキリストのからだの一部だとは知らないのか。……あなたがたはもはや、自分自身のものではないのです。……だから、自分のからだで神の栄光を現しなさい」(一コリント6∙13-15,19-20)。